2016年3月29日火曜日


明神鼻の茶会     参加者募集

昨年、好評を頂いた 明神鼻の茶会 を今年も開催する運びとなりました。
大槌島の山桜を愛でながら、 春のひとときをお愉しみください。

写真は昨年の様子谷本美さん

日時 : 日(13:30~15:00 
    一席目13:30~、二席目14:00~、三席目14:30~

場所:明神鼻の小屋(玉野市向日比2丁目17番 明神鼻の丘の上) 

亭主  :  山口宗正(裏千家淡交、玉野市文化協会茶道部)


募集定員 :各席 14
茶券代 300円 
締切り:4/5(火)但し、満席となった場合は締切りとします。

参加希望の方は、ご希望の席、お名前と連絡先を明記の上、
はがき、FAX若しくはEメールにて下記宛先にお申し込みください。
 


FAX:0863−33−8119
Eメール:akisai10@gmail.com
住所:706-0002玉野市築港1-10-10玉野市文化会館(斉藤)


 主催:明神鼻の小屋 実行委員会  共催:玉野みなと芸術フェスタ実行委員会









2016年1月30日土曜日


  雪の大槌島/ 新年会    2016年1月


この冬一番の寒さとなった朝、テレビは昼にも雪が降ると予報していた。ただ、陽の光を受けた小屋は、思った以上に温かい。小屋の持ち主のYさんたちと初めて顔合わせをした一昨年の12月の語らいを思い出す。 

大槌に向かって二礼二拍手一礼した後、緋毛氈を敷いた小屋で、生姜を擦った甘酒とおしる粉で体を温めると、正月気分も盛り上がる。 



 
 

雪の大槌島 
予報通りに正午頃には雪がちらつき、思わずカメラを手に外出る。遥か対岸の香川は雪で白く霞み、その手前の大槌と小槌を夫婦岩のように浮き立たせている。雪が、いつもは平面的な風景に奥行きを与える。小屋に戻ってしばらくすると、今度は大槌島の上で南中した太陽が水面で反射し、その光で小屋が満たされる。冬の移ろいやすい天気に、雑木林からの景色も刻一刻と表情を変える。望むらくは、しめ縄づくりに携わったすべての人たちにも堪能して欲しい光景だ。



からくり眼鏡

“絵の中にいるような…”という言葉が浮かぶが、いま眼にしている風景は少し違う。 

雑木林のあいだから覗く雪の大槌島は、平面とも立体ともつかない、カラクリ眼鏡のなかに広がる異次元の世界といった趣きだ。
普段の生活でこんな体験を味わうことはそうないだろう。ただ振り返ってみれば、明神鼻の小屋では、これまでも息を呑むような風景に遭遇することがあった。切り開いた雑木林に光が射しアゲハ蝶が舞った一昨年の秋、お茶を点てる着物姿の背後に大槌島が見えた明神鼻の茶会…。

         








2015年12月23日水曜日


 大しめ縄を渡す     201512

大しめ縄を渡す前に、雑木林を切り開いた「参道」へ降りるためのスロープを造る。切り株を掘り起こしていると、土中に 埋もれていた大量の酒ビンが次々に出てくる。おそらく、「向日比青年研修道場」の面々が興じた酒宴の跡だろう。厄介なゴミには違いないが、明神鼻の小屋の歴史の一部と考えれば、無碍に捨ててしまうのも惜しい。ということで、スロープ脇の縁石代わりに埋めておくことにした。

しめ縄を渡す
しめ縄は乾燥して軽くなっていたので木の間に吊るす作業はさほど骨の折れるものではなかった。
まず、しめ縄の端に結わえたロープを持って木に登り、ロープを太めの枝に掛ける。そのロープを木の下から引っ張って滑車の要領でしめ縄を吊り上げる。
 御幣稲穂これは日比で縄綯いの手ほどをしてくれたIさんが育てたものを頂いた)を取り付ければ、手作り感のあるしめ縄にも有り難みも増したような気がする



しめ縄の力
こうして大しめ縄が完成した。着想からわずか一月でこれほど大きなものが形になったという感慨にしばし耽る。ただ、大きさの割にどこか呆気ないほど “するすると” 出来上がった、というのが率直な感想だ。多くの人の知恵と手を借りることが出来たということが理由としては大きいが、それだけではないように思う。



しめ縄の存在感はどこから来るのだろう?
大きさや造形としての力強さもあるが、しめ縄を構成している一本一本の藁に由来するように思う。それは、近年目にする様になったビニール紐で編まれたしめ縄の「作り物っぽさ」を考えれば分かる。
稲藁を編み上げるのは私たち人間だが、そこに凝集されているのは稲を生長させた自然の力そのものだ。人間は、自然の造形に少し手を加えたに過ぎないそう考えると、しめ縄を作るとき感じた腹の底から突き上げる様なえも言われぬテンションも、自然の力を編み上げ凝集させることで目に見えない力の分け前に与ったからではないかと思える。


稲は収穫を終えたら用済みになるわけではない。稲藁は、堆肥となって土を肥やし春に備え、しめ縄となって共同体のリズムを生み出す。年中行事としてのしめ縄は、収穫終え自然の力が弱まったかに見える冬、自然と植物が織りなすサイクルを人の手で再現し、賦活しようとした先祖たちの祈りの形かもしれない。そうした大きなサイクルも含めてしめ縄の表現と考えれば、「稲を育てる」ことをしめ縄作りの始まりとしても良いし、朽ちた大しめ縄が苗床となって小さな葉葉が芽吹く姿を想像するのも愉しい。

しめ縄作りは単純に面白かった。そして、もっと面白くなると予感させるものがある。



 

2015年12月19日土曜日

 しめ縄づくり   2015年12月  


ちどり旅館に藁を干して帰ってから2週間後、しめ縄づくりがいよいよ始まる。人手が必要となる今回の作業には、新たにひびきなだ文化研究会のメンバーも加えた10名あまりが集まった。先日干して帰った藁は結び方があまく床に落ちてしまい、Iさんが一から結わえ直し吊るして下さったとのこと。お世話になりっぱなしで頭が下がる。

 舞いから踊りへ

まずは、縄を綯いやすくするために、乾いた藁に水を含ませ木槌で叩いて柔らかくする。次に、その藁をしめ縄の長さ(8メートルほど)に地面に並べ、紐で縛って三本の太い藁束をつくる。ここから三つ編みの要領で綯ってゆくのだが、誰もが初めての経験とあって一筋縄にはいかない。最初は手探りで、長い縄の前と後ろの作業にうまく連携がとれない。そのうち、「よいしょ、もう一回!」など掛け声を出すことで息が合い、バラバラだった体の動きに一体感が出てくる。しめ縄づくりが誰を司令塔にするでもなく、多くの人が巻き込まれてゆくことの面白さを感じる。藁を綯う手の  “舞い”  から縄が生まれるとすれば、しめ縄は “音頭” や “踊り” のなかから生まれるのだろう。


下ネタの本懐?


10時から作業を始めて、昼には形になった。初めての経験とあって奇麗な仕上がりとはとても言えないが、「荒々しいのが  “ひびき灘”  みたいでいいじゃないか」という声も上がるほど達成感はあった。気持ちは早くも来年のしめ縄づくりへ向いている。
ところで、しめ縄を作る際に飛び交った下ネタは一考に値する。「(縄が)太く堅くなってきたな」とか、「もっと股(藁束の交わる部分)を広げて!」などの盛り上がりは、メンバーの想像力の逞しさによるだけではなく、身体のリズムを介して一体感が生まれたことが大きい。それは、豊穣の願いがエロスと切り離せない祭りの原点を思わせる……といえば言い過ぎだろうか。しめ縄づくりは普段眠っていた何かを触発し突き動かすこと、そうした言葉には表し難い力をもっているようだ。

 明神鼻の大蛇

編みあがったしめ縄を担いで小屋に運び入れる行程は、さながらしめ縄に息を吹き込む儀式のようだった。旅館から明神鼻の登り口までは軽トラで運び、そこから先の階段は3人がかりで担いで登る。この時のしめ縄は、岬の階段をゆっくりと這い上がる大蛇に見えただろう(筆者も担いでいたのであくまで想像ではあるが…)。今年は淡々と運び上げてしまったが、次回はもう少し堪能してみたい。しめ縄の重みをずしりと肩に受け、足元を見ながら海際の小屋に近づいてゆくと、波音が聞こえだす境があることに気付く。岬に砕けた波は雑木林を抜け柔らかい響きとなってあたりを包んでいる。明神鼻の小屋に横たえられたしめ縄は、すっかり大槌島の伝説の大蛇の風格を帯びていた。





2015年11月28日土曜日

 縄をなう   2015年11月




藁を手に入れるところから、しめ縄づくりは始まる。
時季的には稲刈りをほぼ終えた頃だったが、玉野市の農林水産課のTさんにお願いして、藁を頂ける農家さんを紹介してもらえることになった。さっそく藁をもらいに出向くと、すでに軽トラックの荷台にいっぱいの藁を段取りして下さっていた。





下ごしらえ

先日訪れた旅館に藁を運び、日比でしめ飾り作りを続けて来られた方に一から指導していただく。まず、刈り取った藁はそのまま使える訳ではなく、茎の周りの葉を取り除いてやる必要がある。最初は軍手をはめてしごいていたが、軽トラ一台分となると日が暮れそうだ。そこで「昔は千歯こきでやってたんだけど」という言葉をヒントに、庭の柵を千歯こき代りに使って一気に仕上げる。刈り取って間もない藁はまだ青いので、旅館の室内に吊るして乾燥させることにした。


“手が舞う”こと

下ごしらえを終え、縄を綯(な)う手ほどきを受ける。
藁を手に時計回りと半時計回りの単純な動きを繰り返すだけで丈夫な縄が編み上がってゆくのは不思議で面白い。終戦後しばらく、Iさんの地元では学校から帰った子どもたちは、翌日に履くための草履を二足分つくってから(登校するだけで一足履きつぶしてしまうため)遊びに行ったそうだ。

……そんな昔話を耳にしながら、縄を綯うリズムに没頭しているうち、ぎこちなかった手の動きも幾分なめらかになってくる。「手が舞い出したなー」。作業を見守っていたSさんが、手元を覗いてそう声をかけてくれる。おそらく幼少時に、同じ言葉を周りの大人たちにかけてもらったことだろう。それにしても、手が藁と一体になって“舞う”とは、なんと豊かな表現だろうか。



縄綯いの作業は、傍からみれば退屈な単純労働と思えるかもしれない。ただ、一本の藁から、草履のような日用品、縄跳びなど遊びの道具、しめ縄に至るまで自分の手で作りだせるということは驚きだ。そして、それらのすべてが “舞い” のなかから生み出される。